2013/10/19

気仙沼に行きました

ご縁があってここ数年通っている気仙沼へ今年も行ってきました。

JMAA(日本メディアアート協会)が行う
幼児園でのお絵描きワークショップに参加して、
元気なこども達の笑顔がたくさん見れました。

ワークショップについてはJMAAへ。
もしくはそのうちここにも書くかもしれませんが、

今回は気仙沼の様子を少し。

時々顔を出す程度では分からない事の方が多いのは重々承知のうえで、
表面的にですが見てきたものを文章でシェアしたいと思います。
(写真も撮りましたがお見せする気になれないのです。すみません)


2011年7月。
見たものは電気がつかない真っ暗な街、満潮で水没する道、
電車の走らない線路、マストまで錆びついた船、
打ち上げられた漁船、歩道橋の高い位置に残る水の跡、
元が倉庫か工場かにしか見えないパチンコ屋、3階のみになってしまった店、
ひしゃげた家々に残る○×のスプレー書きーーーーー。

悲しいお話も聞きました。
いらない罪悪感を抱えている方々もいました。
が、

夜、真暗な瓦礫の街を走るランナー、
海水が上がってきている道路の脇で1軒だけ再開した
ばかりのレストランで嬉しそうにビールを飲む漁師さん、
朝から港に響く槌の音ーーーー。

どんな環境でも暮らしている人々の日常は続いていて、
そしてこれからも続けていくのだと感じました。


次に行った時に見た光景は、
盛り土をした主要道路を行き交うトラックの群れ。
建物の土台だけが並ぶ広い広い土地。
壊れた家々が撤去されただけでかなりほっとしたものですが、
これだけの広さにどれだけの生活があったのか…
改めて考えさせられもしました。


2012年8月に行った気仙沼大島。
瓦礫に埋まり、また砂をかなり波に持って行かれたという
小田の浜海水浴場(快水浴場百選にも選ばれた美浜)は、
この年の海開きまでに島民とボランティアとが
力を合わせて奇麗にしたそうで、
沖に残る割れた防波堤にのみ被害の爪痕を残し
白い砂と青くて穏やかな海が戻っていました。


そして今回。2013年10月。
ようやく。
打ち上げられた大きな漁船は解体終了、
階のみ残っていた酒屋、男山の本社屋(文化財)は修復が決まり、
壊れたままだったフェリー乗り場の建物も取り壊されており、
線路は一部をバス専用道路にかえ、
仮設の店舗が増え、車が増え、船が増えーーーー。
早々に再開したあのおさかな市場のレストランには観光バスが来るようになり、
ランチの時間には行列ができていました。

年ごとに活気が戻っているのを実感しますが、
瓦礫や、更地のままの土地も相当残っていますし
見えない問題はもっともっと残っているでしょう。
まだまだ、時間はかかりそうです。


行く度に思うのが
自分のしているのはほんの小さな事だということ。

まぁそもそもお役に立てているのかの自信もありません
けれども、

こども達の笑顔に会いに、
おいしい魚を食べに、
またあの港に行けたいいなと思っています。